『震電』に関連して、追記。

  • 2009.08.15 Saturday
  • 23:52
私の祖父は太平洋戦争時17〜18歳くらいだったそうですが、戦争に行きませんでした。
なぜなら所謂赤紙が来なかったから。
なぜ召集がされなかったのか本当の理由はわかりません。
ですが、大刀洗飛行場という軍事飛行場のそばに、陸軍飛行機を製作していたらしい「大刀洗製作所」というのがあり、そこで働いていたからじゃないかと祖父は思っていたようです。
もしあと1年終戦が遅れていたら、祖父は戦地へ行っていたかもしれません。
そしたら、私も生まれていなかったかも?

ちなみに、この「大刀洗製作所」は、『震電』を作った「九州飛行機(現・渡辺鉄工)」の分社だったりします。
残念ながら祖父はもうずーっと昔に亡くなっていて、当時の話を聞くことはできません。
今思えば、きちんと聞いておけばよかったと後悔しきりです…。
コメント
コメントする








    
この記事のトラックバックURL
トラックバック

calendar

S M T W T F S
     12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
31      
<< March 2019 >>

selected entries

categories

archives

recent comment

recommend

recommend

links

profile

search this site.

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM