東京に行きました。

  • 2009.04.20 Monday
  • 23:14
先日書いた芝居を観に、東京まで行ってきました。
どうしても観に行かなくてはならない気がしたのです…。
暁の誓い』という芝居でした。

まずは簡単なあらすじを書いておきます。

榎本と大鳥は何者かに呼び出され、海路で函館を目指していた。
その船上で、現在は藤田五郎と名を改めた元新撰組の斎藤一と会う。
彼もまた、何者かに函館へと呼び寄せられたのだという。

一方、その函館には山縣と、訳も分からず連れてこられた陸奥がいた。
陸奥と共に3人を出迎える山縣、彼らを呼び出したのは他でもない、この山縣だった。
何故呼ばれたのかと詰め寄る4人に、山縣は五稜郭に出るという人斬りの話をする。
しかもその人斬りは「土方歳三の亡霊」であり、彼らに課せられた使命は「亡霊退治」なのだという…。

それぞれに夜を待つ5人。
榎本と大鳥と斎藤は、昔話に花を咲かせる。
話題の中心はやはり土方。
地獄のような過去の戦、散っていった仲間たち、生きながらえている自分。
3人の中に複雑な思いが渦巻く。
更に疑念も沸く。
なぜ自分たちが函館へ呼ばれたのか、なぜ山縣は自分たちを土方の亡霊退治へとかりだしたのか。
「試されているのかもしれない」
これは、本当に新政府へ仕えているのかどうか、それを試す踏み絵なのか…。
それでも、もしも人斬りが本当に土方ならば、彼を守り逃がさねばならない。
3人は同じ気持ちで頷き合う。

一方、山縣は自分の推し進めてきた「廃刀令」を施行することに今は心血を注いでいる。
施行まで2日と迫った今、下らない人斬り騒ぎでやはり刀は必要だと思われては敵わない。
どんな手を使っても、この騒ぎを収める必要があった。
そして陸奥は手駒であり、保険でもある。
訳も分からず巻き込まれた形の陸奥を余所に、函館の夜は更けていく…。


芝居としてのアレンジなのかもしれませんが、斎藤さんが「藤田五郎」という名前で生きるのが屈辱的だと言っているように受け取れる台詞とシーンがあって、それはちょっといただけないなぁ…と思いました。
元新撰組だということを隠して生きなければならない事が辛く、屈辱的だったということを言おうとしたシーンだというのは理解できます。
当時は「賊軍」「犯罪者」扱いで、行き場も職もないなんて言う話は巷に溢れていた。
実際、凌霜隊の隊員もみなその事実を隠して離散したし、新撰組隊士でもそんな話を聞きました。
名も生まれも隠して、ひっそりと身を隠すように生き抜いた旧幕府軍の人も大勢いたでしょう。
それはわかるけれど『藤田五郎』という名は容保公に戴いた名だし、斎藤さんはその名を大切にしていたと思っていたから…。
それを知らないで聞くと、まるで「藤田五郎」という名で生きなければならないことが屈辱的だと聞こえてしまいそうで。
「屈辱的」=「藤田五郎という名」ではなく、「屈辱的」=「元新撰組という事を隠して生きなければならない事」だと、あのシーンでは理解し辛いと思いました。
些細なことなのかもしれないけれど…個人的には哀しかったのです。

あと、「実行寺」を「じっこうじ」と読んだのには、ちょっとガッカリでしたね。
「じつぎょうじ」ですってば!(苦笑

でも、ちゃんと碧血碑の名前の謂れや、文字を書いたのが大鳥さんだということや、箱館戦争終結後間もない頃に旧幕府軍の遺骸は埋葬する事も許可されず放置されていて、それを見かねた柳川熊吉さんと実行寺のご住職が、協力しあって遺骸を集めて葬ったり、碧血碑を建てるにあたり色々と奔走なさったことなども、芝居の台詞の中に盛り込んであったのが嬉しかったです。

それから、思っていた以上に大鳥さんが良かった。
それは、役者さんの芝居もだし、役所も。
いつも大鳥さんは卑怯だったり、臆病だったり、悪者だったりっていう役所が多いから新鮮だったです。
臆病で気が弱く、優しくて、人をさりげなく庇ったり支えたり、細やかな心配りができる人に描かれていました。
失礼ながら、ああ、なるほど、胃潰瘍で死ぬ訳だ…と思える演出。
これが演出家の指示なのか、役者の解釈なのかは分かりませんが。
凄く理想的な、いい大鳥さんでした。

あと、キレ易い斎藤さんとか、なんか可愛くて憎めない陸奥とかも、新鮮でしたね。
それから、ムカつく山縣さんは素敵でしたw

最後に、タイトルの『暁の誓い』の「暁」は函館で明けた夜という意味の「暁」と、明治という時代を表す「暁」がかけてあったのかなと思いました。
また「誓い」は、芝居の随所にちりばめられていたような気もします。
榎本、大鳥、そして土方を「俺が守ります!」と言った斎藤の言葉や、榎本が山縣に言った「日本を頼みます」「自分も日本を変えて見せます」といった言葉、大鳥が最後に斎藤へ約束してくださいと言った「死に急がない」という言葉など…。
きっと「これ」という一つではなく、明治という時代へ向けての「それぞれの誓い」という意味だったのかなって。

DVDも出ないらしいので、凄く残念です。
また再演してほしいなぁ…。
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