くりすますですかい。

  • 2011.12.25 Sunday
  • 16:58
あぁもう年末近いんですねぇ。
どうしましょうかね、まだ年賀状に手を付けてませんよ?
辰年ですよね、次は。デザインどうしよう・・・?

さて、真寿見さん関連ですが、あれから写しが届きました。
前回の記事で「開拓使の電信生徒時代のこと、どうやら仕事中に勝手に函館へ行ってしまい、問題になったことがあったようです。」と書いたのですが、その概略がわかりましたので簡単にご紹介。

明治8年5月のこと、当時真寿見さんは室蘭電信局に詰めていましたが、電線に破損個所もないのに電信が不通となり、函館局に詰めていた者と原因を突き止めるべく話し合ったものの埒が明かず、結局直接函館へと向かうことにしたようです。
この時持ち場を離れたのは真寿見さんと、もう一人森電信局詰めだった鎮目敬忠という人物。
理由はともかく、持ち場を離れることになるため、その場合上司への報告が必要だった様で、それを怠ったため所謂職場放棄と見なされたということのようでした。
そのため問題となり、色々と調査が入りました。
結局、理由が私的なことでなかったために減刑されたのか、懲役10日のところを、函館裁判所宛てに始末書的な文書の提出と贖金(罰金)75銭の支払いで許されたようです。

まぁ函館に遊びに行ったわけでも、こんな仕事やってられるか!と逃げ出したわけでもなくてちょっとホッとした;


更に真寿見さんの情報はないものかと方々手を広げていたところ、もうひとつ見つけました。
こちらは真寿見さんの情報だけじゃなかったんですけどね。
「改正官員録」という、明治期のお役所勤務の人の名簿(記録簿)のようなものがありまして、毎月発行されていたようなんですが、そこの電信技手関連の辺りの名簿を少しだけ当たってみました。
何しろ量が膨大なものですから、ネットで見るにしたって、画像表示されるだけでめっちゃ時間がかかります。
本当に数年分の4月だけ幾つか見てみたところ、ありました、真寿見さんの名前!
肩書(八等技手とか)と一部の資料には月給まで書かれていました。

そのうち纏める事にしよう、そう思いながら見ていたところ、真寿見さんの名前に前後して、意外(?)な人物の名前が!
なんと同じところで「飯沼貞雄(貞吉)」の名前まで発見しました。
彼が電信技手だったことは知っていましたし、電信技手として従軍してたのも知っていたので、似たような仕事していたんだなぁとは思っていましたが、まさか同僚だったとは!
同じ職場で勤務することがあったのか、親交はあったのか、はたまた戊辰戦争について言葉を交わすことはあったのか・・・すべては謎ですけれど・・・気になりますね。
全く関わることも交わることもなかったとしたら、逆に寂しいですから、言葉くらい交わしていたと思いたいです。
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