秋の夜長に…

  • 2010.10.20 Wednesday
  • 22:52
 久々のブログです。
あの太陽に炙り殺されるか、はたまた煮殺されるかとハラハラした夏もようやく過ぎ、秋ですね。
季節の変わり目は体調崩しがちですが、珍しく割と健康な状態を保っている私。
嬉しくて同僚に「今年の秋は、健康に過ごせてて幸せ〜」と言ったところ、「一月前までのことを忘れたの…?」とボソリ。
…そうでした、一月前まで風邪→喘息→全身蕁麻疹のコンボで、医師会病院(夜間)にお世話になりっぱなしでしたっけ;;
今元気なものだから、すっかり忘れてました。
喉元過ぎればなんとやら、ですね。反省。

さて、そんな秋の夜長。
まったりネットしていたところ面白いお話を発見!
二本松の大隣寺の近くに『貴船神社』があります。
その傍に『鴨石』という石があるそうです。
その由来はこんなお話でした。

ある郷士が居蛇沼の傍を通りかかった所、水際を二羽の鴨が泳いでいました。
腕に覚えのある郷士は、岸に近い雄鴨の首をみごとな早業で抜き打ちに落としました。
しかしどこを探しても雄鴨の首は見当たりません。
仕方なく胴体だけを持ち帰りました。
その翌春、郷士がまた同じ場所を通ると、一羽の雌鴨が岸近くを泳いでいたので、今度も同じように斬り殺してしまいました。
雌鴨を捕えてみたところ、その羽から小さなものが転がり落ちました。
訝しんで拾い上げて見ると、それは昨年郷士が斬りおとした雄鴨の首だったのです。
この鴨の夫婦愛に、無駄な殺生を悔いた郷士は、僧を招いてこの鴨の供養を懇ろに行ったそうです。
それ以来、弔ったその辺りを『鴨壇』と呼ぶようになったそうです。

この話に由来する石碑があり、その碑を『鴨石』と言うのだとか。

なぜこの話が面白いお話なのかというと…。
実は私の住んでいる福岡県にも、ほぼ同じような説話が残っているんですよ!
『おしどり物語』というお話です。

筋書きはほぼ同じですが、殺されてしまうのは鴨ではなく鴛鴦(おしどり)で、殺してしまうのは郷士ではなく三原弾正という地元のお殿様です。
また、上記のお話では刀で斬っていましたが、弓で射ることになっています。

ただ、すこし違いもあります。
『おしどり物語』では、なんと雌のおしどりは夫の首だけでなく、羽の下には亡き夫を偲ぶ和歌も携えていました。
その後改心した三原弾正は信心篤くなり、家来が止めるのも聞かず仏門へ入り、光背に鴛鴦を配した『鴛鴦観世音菩薩』を作って供養したと言います。
実際その仏像と言われる『鴛鴦観世音菩薩』が、ちょっと離れた所にあるお寺に安置されています。

実はこのお話、探してみると結構日本のあちこちに似た話が点在しているようです。
話の流れから、きっと『殺生はいけません、信心深くありなさい』というお坊さんのありがたい説法が基になっている気がします。

な〜んだ!と言われちゃうかな。
でもね、それでも二本松にちょっぴり繋がってると思えて嬉しかったんですよ〜。
だって遠いんですもん…。
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