下北へ…

  • 2013.07.19 Friday
  • 21:58
それは今年の春のこと。
祖父の法事が終わった後の寛ぎタイムのことでした。
大叔母と母と私とでテーブルを囲み、お茶を飲んでいたところ
何のはずみか大叔母が「恐山に行きたかった」と話しだしました。
なぜ行きたいのか、どうして今まで行かなかったのか…
など、色々とプライベートな話が続き
私はと言えば、それを横でふーんと他人事のように聞いていました。

が、次の母のセリフに飲んでたお茶を本気で噴くかと思いました。

「月城は旅好きだし、連れて行ってもらったら?」

まてまてまて、先立つものがない!!
そう切り返したところ、手配して連れて行ってもらえるなら

旅費は大叔母が全負担でOK!

とあれよあれよいう間に、本人そっちのけで話がまとまってしまいました。

まぁ旅費が出るならいっかー。
と盛り上がる二人を横目に残りの茶を啜りつつ、ため息ひとつ。


そんなわけで急遽夏期休暇の3連休をそこに充てて
下北半島へと旅立つことが決定いたしました。
だいたい恐山がどこかわかってなかったのですが、手配を初めて吃驚!
恐山って、下北半島にあったんですね!

下北と言えば、旧会津藩の斗南藩がおかれた場所ですよ。
いつか行ってみたいと思っていた場所ですよ!
急にテンションあがってきた〜!!

そんなわけでして、月曜より二泊三日で
「下北半島・斗南藩ゆかりの地を巡る旅(仮)」を決行です!

・・・と言いつつ、高齢の大叔母の付き添いがメインなので
計画倒れになったらすみません;;

やっちゃった!!

  • 2013.05.17 Friday
  • 21:08
サイトのメールアドレスを変更忘れていました…;;

「管理人に物申す」が適切に動いていないことが判明しました。
現在はうまくメールが転送される設定にしております。
送ったのに、なんの反応もないぞゴルァ(゚Д゚#)
という方がいらっしゃいましたら、再度一言送ってやってください…orz

もうヤダ、いつから転送されなくなってたのかしら;;

映画「霞が城の太刀風」について

  • 2013.03.30 Saturday
  • 20:50
Twitterをぼやーんと眺めていましたら
自分のサイト内の記事が引用されていて驚いた!
つぶやきを読むと、どうやら昭和6年に制作された映画
「霞が城の太刀風」の出演者について調べたいご様子。 

以前ご縁があってお譲りいただいた映画のビデオテープが
手元にあることはあるのですが、現在見ることができる環境になくて
そちらを確認することはできませんでした。
代わりと言ってはなんですが、テープに付随して戴いた
書き起こし台本のコピーに、一部の出演者が掲載されていましたので
そちらを引用させていただきます。

あと、この映画「霞が城の太刀風」に関連することで
他にわかる範囲のことも記載します。 

実はサイトの方にアップしたかったのですが
先日パソコンがダメになって新しくしたばかりのため
更新するためのソフトはないし、設定もできてないしで・・・orz 

環境が整いましたら、そのうちサイトにもアップしたいと思います。

 映画「霞が城の太刀風」 

昭和6年二本松市松岡にあった劇場・双松座の座主・斎藤駒吉氏によって制作された無声映画。 
平成8年に二本松市の渡辺弥氏宅に保管されていることがわかり、二本松あだたらロータリークラブの活動の一環として復元、ビデオ化されました。 
※上記はビデオに付随する紙に記載されていた「ビデオへの復元」の顛末を引用させていただきました。 

 以下、映画内の字幕より引用。 

戊辰秘話 二本松少年隊 大壇口之奮戦 霞が城の太刀風 全 

監修 文学博士 服部宇之吉 

立案 青山正一 指導 二本松史蹟保存会 

 後援 二本松町在郷軍人分会 岳下村在郷軍人分会 

脚色 高波三郎  演出 本間直司 

監督 三沢末吉 

撮影 黒沢粛 奥田要次  現像 秋葉清

出演せる重なる人々 

本間直司 邦江弘光 中川五郎 三井武雄 高石明 

金子弥太郎 村雨露子 井上美枝子 冨田百合子 

(子供)稲葉正一 八乙女一夫 三好新太郎 石川多計男 石川二郎 敷島まさ子 


※ここからは登場人物

少年隊長 木村銃太郎  副隊長 二階堂衛守  

隊員 成田才次郎 小沢幾弥 岩本清次郎 

家老 丹羽一学 丹羽和左ェ門 安部井又之丞 三浦権太夫  

(城主) 丹羽長国 長国の室 

(西軍の参謀) 世良修蔵  

(隊長) 白井小四郎 (仙台藩士) 吉沼主水  

(百姓)弥兵衛 (娘)お香代 

(西軍の隊士) 野津七次  

木村の母 岩本の母  

お別れ。

  • 2012.02.18 Saturday
  • 23:59
 本日受け取ったお手紙で、新井田良子先生が先日身罷られたことを知った。
お元気なうちに一度だけでもお逢いしたいと思い続けていたけれど、個人的な事情でそれも叶わず幾星霜。
とうとう叶わぬ願いとなってしまった。
この不義理を新井田先生はきっと許して下さるだろうが、自分の不甲斐なさに情けなくもあり、腹立たしくもあり・・・。
旅立ちが穏やかなものであったことを、だだひたすら願うばかりです。

あぁ、もっと自分の足元がしっかりしているなら、また違っていたのだろうけれど。
悔やんでも悔やみきれない。
まだまだ行きたいところもあれば、お会いしたい人もたくさんいる。
会えるうち、行けるうちに何とかしたい、気ばかり焦っても仕方ないとは思うけれど。
もう少し生活基盤をシッカリしたいです、それが今の私の望み。

日向内記氏の死因について。

  • 2011.12.25 Sunday
  • 17:19
さて、続きはちょっとだけショッキングな記事だったりするので、心の準備のない方はお読みにならないでくださいね。
日向内記氏の死因についてのことです。

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